로그인柊との関係が深まるにつれ、周子の生活はさらに変質していった。
まず、仕事を辞めた。
というより、辞めざるを得なかった。
柊は、周子の時間のすべてを要求した。いつでも連絡に応じること。いつでも会えるようにすること。仕事は、その妨げになる。
「仕事なんて、辞めればいい」
柊は簡単に言った。
「でも、生活費が......」
「僕が養う」
「......」
「君には、僕だけに集中してほしい」
周子は抵抗しようとした。でも、すでに仕事でのパフォーマンスは最悪だった。このままでは、クビになるのは時間の問題だった。
だから、周子は自分から退職届を出した。
上司は驚いた。
「瀬川、どうしたんだ。君は将来有望だったのに」
「......すみません。個人的な理由で」
「彼氏に反対されたのか?」
周子は答えなかった。
「......そうか。残念だ」
こうして、周子は六年間勤めた会社を去った。
次に失ったのは、友人だった。
美和からの連絡は、最初は頻繁だった。
「周子、最近どう?」
「元気よ」
「会おうよ。ランチでも」
「......ごめん、ちょっと予定が」
断り続けるうちに、美和からの連絡は減っていった。
他の友人たちも、同じだった。
周子は、意図的に距離を置いていた。友人たちと会えば、柊のことを質問される。そして、柊との関係を説明できない。
いや、説明したくなかった。
友人たちは、きっと反対するだろう。「その男、危ないよ」「別れた方がいい」と言うだろう。
でも、周子はもう、柊から離れられなかった。
だから、友人を失う方を選んだ。
そして、家族との関係も壊れていった。
母からの電話。
「周子、元気にしてる?」
「......ええ」<
二人は、崖の縁に立った。 下には、暗い海が広がっている。 波の音だけが、静かに響いている。「怖いか?」 柊が尋ねた。「......ええ。でも、あなたがいるから、大丈夫」 周子は、柊を見つめた。「これが、私たちの愛の終わり方なのね」「ああ」 柊は、周子を抱きしめた。「君と出会えて、よかった」「......私も」 周子は、涙を流した。「あなたと出会わなければ、私は完璧な人生を送っていたかもしれない。でも、本当の自分を知ることはなかった」「......」「あなたは、私を壊した。でも、同時に、本当の私を見つけてくれた」 周子は、柊にキスをした。「ありがとう」 柊は、微笑んだ。「じゃあ、行こう」「......ええ」 二人は、手を繋いだ。 そして――。 その時、周子は気づいた。 これは、間違っている 自分は、死にたいわけではない。 ただ、柊と一緒にいたいだけ。 でも、それは死ぬことではない。「......待って」 周子は、柊の手を引いた。「やっぱり、やめる」「え?」 柊は、驚いた表情を見せた。「私、死にたくない」「......なんで」「生きたい。あなたと、一緒に」 周子は、柊を見つめた。「死ぬことは、簡単よ。でも、生きることの方が、難しい」「......」「一緒に、生きましょう。この歪んだ愛のまま」 柊は、長い沈黙の後、笑った。「......君は、面白いね」「え?」「死のうとしていたのに、最後の最後で生きることを選ぶなんて」 柊は、周子を抱きしめた
海辺の町から戻った後、周子は大きな決断をした。 母に会うことにした。 柊は、最初は反対した。「なんで、今更」「......けじめをつけたい」「けじめ?」「ええ。最後に、母に会っておきたい」 柊は、長い沈黙の後、頷いた。「わかった。でも、僕も一緒に行く」「......ええ」 周子の実家は、郊外の閑静な住宅街にあった。 母は、周子を見て驚いた。「周子......!」 そして、周子の隣にいる柊を見て、警戒の色を浮かべた。「......この方は」「冬木柊です。周子さんの恋人です」 柊は丁寧に挨拶した。 母は、複雑な表情で二人を家に招き入れた。 リビングで、三人は向かい合って座った。 母は、周子をじっと見つめていた。「......痩せたわね」「......うん」「ちゃんと、食べてる?」「食べてるわ」 母は、柊に視線を移した。「冬木さん、あなたは周子とどういう関係なんですか」「恋人です」「......裕一君と別れた理由は、あなたですか」「そうです」 柊は、隠そうともしなかった。 母の表情が、厳しくなった。「周子を、幸せにしてくれるんですか」「......幸せの定義によります」「定義......?」「一般的な幸せを、僕は周子に与えられません。でも、周子が本当に求めているものは、与えられます」 母は、周子を見た。「周子、あなた本当にこの人でいいの?」 周子は、頷いた。「......ええ」「なんで? あなたには、もっといい未来があったはずよ。裕一君との結婚、仕事での成功」「......それは、私が求めていた未来じゃなかっ
雪村凛の訪問から一週間。周子の心は、揺れ続けていた。 凛の言葉が、頭から離れない。 冬木さんといる限り、あなたは破滅する それは、真実かもしれない。 でも、破滅することが、本当に悪いことなのだろうか。 周子は、もう「普通の幸せ」を求めていなかった。 完璧な人生、安定した未来。それらは、もう魅力的に思えない。 むしろ、この危うい関係の方が、生きている実感がある。 ある夜、柊が言った。「明日、特別な場所に連れて行く」「......どこに」「サプライズだ」 柊は神秘的に微笑んだ。「でも、一つだけ約束してほしい」「何?」「何を見ても、僕から離れないこと」 周子の胸騒ぎが強くなった。「......何を見せるつもり?」「君が知るべきこと」 翌日、柊は周子を車に乗せて、都心を離れた。 目的地は、海沿いの町だった。 古い漁村。寂れた雰囲気。「ここは......」「僕が育った場所だ」 柊は車を降りた。 二人は、海沿いの道を歩いた。 冷たい風が、頬を撫でる。波の音が、静かに響く。「ここに、連れてきたのは君が初めてだ」「......なんで」「君に、すべてを知ってほしいから」 柊は、古い建物の前で止まった。 それは、精神病院だった。「母が、入院している」 周子は驚いた。「お母さん、まだ生きてるの?」「ああ。もう二十年以上、ここにいる」 柊は病院の中に入った。 周子もついていく。 廊下は薄暗く、消毒薬の匂いが充満していた。 柊は、奥の個室のドアをノックした。「母さん、僕だ」 返事はなかった。
柊との生活が始まって三ヶ月。周子の世界は、完全に柊だけになっていた。 外出するのは、柊と一緒のときだけ。一人で出かけることは、許されなかった。 携帯電話も、柊に管理されていた。誰かから連絡が来ると、柊がチェックする。 それは、明らかに異常だった。 でも、周子は受け入れていた。 むしろ、この狭い世界が心地よかった。考える必要がない。決断する必要がない。すべて、柊が決めてくれる。 ただ、夜になると、不安が襲ってきた。 これは、本当に愛なのだろうか。 それとも、ただの共依存なのだろうか。 ある日、柊が外出すると言った。「今日は、一人で出かけてくる」「......どこに」「仕事だよ」 柊の「仕事」について、周子は詳しく知らなかった。「いつ帰ってくる?」「夜には戻る」 柊は周子の頬にキスをした。「いい子で待っててね」「......ええ」 柊が出て行った後、周子は一人きりになった。 広いマンション。でも、柊がいないと、まるで牢獄のように感じる。 周子は窓から外を眺めた。 東京の街。無数の人々が行き交っている。 あの中に、かつての自分もいた。仕事に追われ、目標に向かって走り続けていた自分。 今の自分とは、まるで別人だ。 私は、何をしているんだろう ふと、そんな疑問が湧いてきた。 でも、すぐに頭を振った。 考えてはいけない。考え始めたら、すべてが崩れてしまう。 その時、インターホンが鳴った。 誰だろう。宅配便だろうか。 モニターを確認すると、見知らぬ女性が立っていた。 三十代くらい。落ち着いた雰囲気。 周子は、インターホンに出た。「はい」『あの、冬木柊さんのお宅ですか?』
柊との関係が深まるにつれ、周子の生活はさらに変質していった。 まず、仕事を辞めた。 というより、辞めざるを得なかった。 柊は、周子の時間のすべてを要求した。いつでも連絡に応じること。いつでも会えるようにすること。仕事は、その妨げになる。「仕事なんて、辞めればいい」 柊は簡単に言った。「でも、生活費が......」「僕が養う」「......」「君には、僕だけに集中してほしい」 周子は抵抗しようとした。でも、すでに仕事でのパフォーマンスは最悪だった。このままでは、クビになるのは時間の問題だった。 だから、周子は自分から退職届を出した。 上司は驚いた。「瀬川、どうしたんだ。君は将来有望だったのに」「......すみません。個人的な理由で」「彼氏に反対されたのか?」 周子は答えなかった。「......そうか。残念だ」 こうして、周子は六年間勤めた会社を去った。 次に失ったのは、友人だった。 美和からの連絡は、最初は頻繁だった。「周子、最近どう?」「元気よ」「会おうよ。ランチでも」「......ごめん、ちょっと予定が」 断り続けるうちに、美和からの連絡は減っていった。 他の友人たちも、同じだった。 周子は、意図的に距離を置いていた。友人たちと会えば、柊のことを質問される。そして、柊との関係を説明できない。 いや、説明したくなかった。 友人たちは、きっと反対するだろう。「その男、危ないよ」「別れた方がいい」と言うだろう。 でも、周子はもう、柊から離れられなかった。 だから、友人を失う方を選んだ。 そして、家族との関係も壊れていった。 母からの電話。「周子、元気にしてる?」「......ええ」
婚約解消から二週間。周子の生活は、完全に変わっていた。 仕事には行っているが、以前のようなパフォーマンスは出せなくなった。企画書の提出期限を守れなくなり、ミーティングでの発言も減った。 上司から注意を受けた。「瀬川、最近どうした? 君らしくない」「......すみません」「何かあったのか? プライベートで問題でも?」「大丈夫です。ちょっと、疲れているだけです」 嘘だった。 疲れているのは確かだが、問題はそれだけではなかった。 周子の頭の中は、常に柊のことで占められていた。 柊からの連絡を待つ。来なければ不安になる。来れば、どんな時間でも駆けつける。 これは、もう恋ではなかった。依存症だった。 ある日、親友の佐藤美和が周子のマンションを訪れた。「周子、ちょっと話がある」 美和は深刻な表情だった。「裕一さんから聞いたわ。婚約解消したって」「......ええ」「なんで? あんなに幸せそうだったのに」 周子は答えられなかった。「他に好きな人ができたの?」「......まあ、そんなところ」「その人、どんな人?」「......言えない」「なんで?」「言ったら、あなたは絶対に反対するから」 美和は周子の肩を掴んだ。「周子、あなたおかしいわよ。最近、連絡してもろくに返事もくれないし、会おうって言っても断るし」「......ごめん」「ごめんじゃないわよ! あなた、何かに取り憑かれてるみたい」 美和の言葉は、的を射ていた。 取り憑かれている。柊という存在に。「心配しないで。私は、大丈夫だから」「大丈夫に見えないわよ。痩せたし、顔色も悪い」 美和は涙ぐんでいた。「お願い、その人と別れて。あなたを不幸にする人なら、一緒にいちゃダメよ」